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相模線沿線ハイキングコースマップ 寒川コース

GO!GO!相模線ホームページ
http://www.go-go-sagamisen.ecweb.jp/
の「沿線情報」「ハイキングマップ」
http://www.go-go-sagamisen.ecweb.jp/ensen/hikingmap.html
に4つの寒川コースがあります。
これらのコースを参考に、気になったところを歩いてみませんか。

d0240916_16144914.jpg[Aコース]
スタート:寒川駅
1.大(応)神塚
2.安楽寺
3.越の山
4.更地碑
(お奨めの寄り道:大蔵東原遺跡)
5.旧目久尻川ふるさと緑道
6.寒川神社
7.さむかわ中央公園と総合体育館
(お奨めの寄り道:わいわい市)
8.水道記念館と水の広場
9.一之宮緑道と八角広場
10.一之宮公園
(お奨めの寄り道:文化財学習センター)
11.梶原景時館跡
12.車地蔵
ゴール:寒川駅
d0240916_16101884.jpg[Bコース]
スタート:寒川駅
A.梶原景時館跡
(お奨めの寄り道:文化財学習センター)
B.八角広場・一之宮緑道
C.川とのふれあい公園
D.水道記念館と水の広場
(お奨めの寄り道:わいわい市)
F.さむかわ中央公園と寒川総合体育館
E.寒川神社
G.旧目久尻川ふるさと緑道
H.倉見緑道
I.倉見桜緑道
ゴール:宮山駅

d0240916_16153653.jpg[Cコース]
スタート:宮山駅
(1.寒川神社)
2.川とのふれあい公園
3.水道記念館と水の広場
4.一之宮公園
5.一之宮緑道と八角広場
6.田端スポーツ公園
7.城の下緑地
(お奨めの寄り道:文化財学習センター)
8.梶原景時館跡
10.JAさがみファーマーズマーケット「わいわい市」
9.さむかわ中央公園と寒川総合体育館
ゴール:寒川総合体育館

d0240916_17255725.jpg[Dコース]
ショートコース 5.7km 約1時間40分
ロングコース 10.4km 約3時間
スタート:寒川駅前公園
1.水道記念館と水の広場
2.寒川神社
3.さがみ縦貫道路
4.川とのふれあい公園→神川橋→前鳥神社→湘南銀河大橋
5.田端スポーツ公園
6.一之宮緑道と八角広場
(お奨めの寄り道:7.梶原景時館址、文化財学習センター)
8.一之宮公園
9.JAさがみファーマーズマーケット「わいわい市」
ゴール:寒川総合体育館

上記4種の拡大地図は、相模線ハイキングコースマップ
http://www.go-go-sagamisen.ecweb.jp/ensen/hikingmap.html
の「寒川コース」からダウンロードできます。


by jyohokiti | 2017-04-20 11:39 | 観光案内

相模国準四国八十八ケ所-寒川

「相模国準四国八十八ケ所」とは、鵠沼村の浅場太郎右衛門親子が発起して、文政3年(1820)~4年、四国八十八ケ所を倣い、鎌倉・藤沢・茅ヶ崎・寒川・横浜へ弘法大師石像を設置し、巡礼地としたものです。
(本四国八十八ケ所の寺院名、土地名、その他なんらかの似ている所を選び、本四国の写しの番号としました。したがって、この巡礼は、ご本尊より、弘法大師にお参りする傾向の方が強かったらしい。)

[巡礼の時期]
春(または秋)のお彼岸前後を選んで、3日ないし4日間。
{関東大震災(大正12年(1923))まで盛んであったらしい。}

[持ち物]
鈴(れい)、おべんとう(、造花)

[工程]
1日目:普門寺~鎌倉、片瀬方面
2日目:茅ケ崎、柳島方面
3日目:寒川宮山辺り
4日目:藤沢俣野

寒川町には「相模国準四国八十八ケ所」の内、6番、14番をはじめ、計10箇所の札所がありました。
しかし、慶応4年(1868)の神仏混淆廃止、明治2年(1869)の神仏分離、廃仏毀釈、等によって、廃寺になった寺院や堂があり、現在は9箇所残っています。
廃寺に伴い、弘法大師石像は別の場所へ移されたものがあります。

寒川町の「相模国準四国八十八ケ所」

[札所番号] 6
[霊場名] 安楽寺
[ご詠歌] 後の世と おぼつかなくも このみしか この世からこそ 安くたのしき
[写] 阿波安楽寺
[所在地] 寒川町岡田2387
[現在] 本寺の山門を入り左側にある大師堂に6番、71番、75番の弘法大師石像三体が安置されています。
d0240916_1635352.jpg左75番、中央6番、右71番


[札所番号] 14
[霊場名] 地蔵堂(廃堂){東福寺持。宝永4年(1707)円心が建立}
[ご詠歌] 大まがり まがる心の人とても すぐにみちびけ 六のちまたに
[写] 阿波常楽寺
[所在地] 寒川町大曲1-18
[現在] 今は地蔵堂はなく、共同墓地になっています。
d0240916_2271645.jpg大師石像は共同墓地の一角の小堂に六地蔵と共に一番右端に納められています。


[札所番号] 15
[霊場名] 等覚寺(東覚寺とも)(廃寺)
[ご詠歌]海ならぬ 岡田のあきの うちなびき みちもなぎさの 波とこそみえ
[写] 阿波國分寺
[所在地] 寒川町岡田4-3
[現在] 明治37年(1904)観護寺と共に安楽寺に併合されました。
大師石像は茅ヶ崎円蔵寺(茅ヶ崎市十間坂1-3-39)にあります。
d0240916_14553613.jpg茅ヶ崎円蔵寺
d0240916_14562238.jpg15番弘法大師像。山門を入り、左手に六地蔵があり、その奥、塀沿いの樹木に囲まれた中にあります。(右隣は円蔵寺の76番。)

[札所番号] 54
[霊場名] 南泉寺
[ご詠歌] つくりなす つみのおも荷も みほとけの 誓にかるの いちのみやかな
[写] 伊予延命寺
[所在地] 寒川町一ノ宮1-23-1
[現在] 文政4年(1821)南泉寺に置かれた54番は、文政5年、景観寺(一之宮1-18-5)へ移されました。
d0240916_16393067.jpg
d0240916_21552836.jpg大師石像は景観寺山門を入り本堂手前右手にあります。

[札所番号] 62
[霊場名] 薬王寺(廃寺){和銅3年(710)行基開山、承和年間(834~848)快便が再興}
[ご詠歌] 千はやふる 神の宮山 さむ川の ふかき恵みは 身にぞしみける
[写] 伊予宝寿寺
[所在地] 寒川町宮山3913辺り
[現在] 現在の寒川神社境内(東部分)にありました。慶応4年(1868)神仏混淆廃止により、薬王寺の住職は還俗。この時点で薬王寺は廃寺となりました。
大師石像は西善院(寒川町宮山3925)に移されました。
d0240916_1503722.jpg大師小堂は西善院山門左手にあり、62番と73番、二体の大師石像が安置されています。62番は左側(文政3年11月吉日)という説があります(*4)。

[札所番号]64
[霊場名] 弥陀堂(廃堂)
[ご詠歌] としとしに あきのみのりの 大蔵と かねてつけたる さとの名にもや
[写] 伊予前神(まえがみ)
[所在地] 寒川町大蔵854
[現在] 今は 弥陀堂はなく、共同墓地になっています。
d0240916_11243180.jpg大師石像は入口の小さな堂に納められています。

[札所番号] 71
[霊場名] 観護寺(廃寺)
[ご詠歌] この寺の みのりをあふぐ 民草を ゆたかにまつれ 山もおか田も
[写] 讃岐弥谷(いやだに)
[所在地] 寒川町岡田3-24
[現在] 明治37年(1904)廃寺となりました。墓地は残っています。
大師石像は安楽寺(寒川町岡田2387)へ移され6番とともにあります。

[札所番号] 73
[霊場名] 神照寺(廃寺)
[ご詠歌] 宮山に にほふ朝日は たまちはふ 神のてらせる かがみなるらん
[写] 讃岐出釈迦(しゅっしゃか)
[所在地] 寒川町宮山3885辺り
[現在] 神照寺は明治2年(1869)、神仏分離令、廃仏毀釈によって廃寺となりました。墓地は残っています。
大師石像は西善院(寒川町宮山3925)に移され62番とともにあります。右側が73番、という説があります。(*4)

[札所番号] 75
[霊場名] 宝塔院(廃寺)
[ご詠歌] 民草に 露を岡田の うるおひも さながら法の めぐみなりけり
[写] 讃岐善通寺
[所在地] 寒川町岡田3-6
[現在] 明治40年(1907)廃寺となりました。墓地は残っています。
大師石像は安楽寺(寒川町岡田2387)へ移され6番とともにあります。

[札所番号] 83
[霊場名]城山(じょうやま)地蔵堂(廃堂)
[ご詠歌] 法の露 むすべばすぐに ゆうたすき かけしちかいは 一之宮かな
[写] 讃岐一宮寺
[所在地] 寒川町一之宮8-6
[現在] 城山とは梶原景時の館があった所といわれ、その館址は天満宮の小公園となっています。
大師石像は明治の神仏分離令により、南泉寺(寒川町一ノ宮1-23-1)に移されました。
d0240916_15542130.jpg大師堂は南泉寺本堂の左側にあります。

寒川町内の「相模国準四国八十八ケ所 弘法大師像を巡る 小旅」↓
http://samkajyoho.exblog.jp/15941545/

[参考資料]
1.「寒川町史 10 別冊 寺院」寒川町編集、平成9年発行
2.「相模国準四国八十八ケ所-弘法大師石像をめぐりて-」三木洋、昭和58年10月15日発行
3.「相模国準四国八十八ケ所」鵠沼を語る会作、2010年(?)発行
http://kugenuma.sakura.ne.jp/sagami88.pdf
4.「郷土の石碑 梶原景時管見」広田富治著、平成6年5月3日発行

[札所の地図]


その他の地域の準四国八十八ケ所

日本三大新四国霊場
知多四国八十八箇所、小豆島八十八箇所、篠栗四国八十八箇所

福岡県篠栗(ささぐり)町の八十八ケ所
起源は安政2年(1855)。(資料-1)
地元の人たちによって守り継がれています。

[第87番札所「龍泉堂」のお接待]
木山マキ子さんが紙や木の板に描いた「ほほ笑む仏様」と「達筆柔和な文字で書かれた暖かい言葉」。インターネットで垣間見ることができます。(資料-2)
資料-1:篠栗霊場の歴史
http://www.sasagurikanko.com/history/
資料-2:NHK 小さな旅 「ひと筆 よりそって」
http://www.nhk.or.jp/kotabi/konkai_111106.html

新四国八十八ケ所相馬霊場
この霊場は観覚光音(かんがくこうおん)禅師(注1)が四国八十八ヶ所を訪れ 札所の砂を持ち帰り、利根川の流れに沿った寺院・堂塔にうめて開基したといわれています。

(注1)観覚光音禅師(伊勢屋源六)
信濃の国の出身で13歳で江戸の呉服商の伊勢屋に奉公後、後に独立して取手宿で商売を始める。
その後、長禅師の幻堂禅師の弟子となり、出家し、四国八十八箇所を巡り、取手に各札所の砂を持ち帰った人物である。

新四国八十八ケ所相馬霊場
http://www.toride-kankou.net/henro

[前回改訂:2015.2.3]



by jyohokiti | 2017-04-18 14:41 | 観光案内

寒川町のあれこれをご紹介しています。


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