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カテゴリ:イベント( 27 )

文化財学習センター収蔵品出張展示in寒川総合図書館

寒川総合図書館で「文化財学習センター収蔵品出張展示」が行われています。実物の縄文土器(破片)に触ることができます。

[とき]
2018年4月14日(土)~5月27日(日)
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[ところ]
寒川総合図書館 1階企画展示室

[出典]
寒川町ホームページ



by jyohokiti | 2018-04-19 15:10 | イベント

七堂伽藍跡碑建碑60周年ミニ企画展示 寒川町文化財学習センター

H29(2017).12.16(土)~H30(2018).3.31(土)まで寒川町文化財学習センター2階廊下で「七堂伽藍跡碑建碑60周年ミニ企画展示」が開催されています。
その内容の一部をご紹介します。

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茅ヶ崎市七堂伽藍跡碑建碑60周年について

寒川にも近い、茅ヶ崎市下寺尾、北陵高校仮校舎のほど近くに「七堂伽藍跡碑」があります。これは昭和32年(1957)、同地が「七堂伽藍」と呼ばれる古代寺院の跡と推定され、史跡を保存継承するため、藤沢、茅ヶ崎、寒川の名士が集い、お金を出し合って設立した碑です。
現在は発掘調査等により、伝承ではなく、実際に古代寺院があったことが確認され、丘陵上の北陵高校グランドに位置する「高座(たかくら)郡衙」と関連した寺院であり、郡衙とともに「下寺尾官衙遺跡群」として国指定史跡になりました。
平成29年(2017)12月15日で建碑60周年になります。これを記念し、茅ヶ崎市では様々な事業が実施されています。今回はこれを記念し、七堂伽藍跡碑の寒川とのゆかりや、国指定史跡である下寺尾官衙遺跡群の紹介をしていきたいと思います。
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七堂伽藍跡碑と寒川

七堂伽藍跡碑と寒川の関係において、忘れてはならないのが、木島鄰(たすく)氏です。寒川町内ではおなじみの木島医院を設立し、2代目寒川町長になった木島氏は歴史への関心も深く郷土の歴史を研究していました。昭和14年(1939)「明朗の茅ヶ崎」にて、小和田の上正寺はもと下寺尾にあったことなどを「新編相模国風土記稿」や上正寺の鐘の銘文や口伝によって指摘しました。
昭和16年(1941)3月、神奈川県の歴史研究者である石野瑛の主宰する、神奈川県郷土連盟と明朗の茅ヶ崎社による文化財巡りと講演会が開催され、両氏とも七堂伽藍について言及していたものと思われます。これには100名もの参加者があり、当時の関心の高さがうかがえます。
七堂伽藍跡碑の設立には、この2名の研究が出発点とされています。
その後、石野氏に師事していた鶴田栄太郎氏によって茅ヶ崎市の郷土史について積極的活動が行われ、昭和32年(1957)12月15日同碑の設立が実現しました。設立には、藤沢、茅ヶ崎、寒川の名士が集い、お金を出し合いました。設立時に作成されました「七堂伽藍跡碑建設の栞」を見ますと、発起人氏名にはさきほどの木島鄰氏以外にも、大曲、岡田地区の方々の名前も見うけられます。
七堂伽藍関連の伝承も町内にいくつか見うけられ、関連史跡では、中瀬の高安善塚(美女塚)、榎戸、岡田の塔の塚になります。また、寒川小学校には七堂伽藍の礎石が2つあります。
七堂伽藍跡を含む下寺尾官衙遺跡群には寒川町の遺跡も2遺跡含まれています。岡田南河内遺跡と、大曲五反田遺跡です。共に旧小出川の河道で、古代の祭祀場と考えられています。残念ながら護岸工事のため隠滅し、国指定史跡範囲には含まれていません。
参考「下寺尾寺院跡の研究 神奈川県茅ヶ崎市所在の古代寺院」1997 茅ヶ崎市教育委員会
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寒川小学校内の七堂伽藍跡の礎石

現在寒川小学校内に「皆川湘波顕彰碑」とともにある大きな石は、宮山の根岸緑地にあった皆川湘波顕彰碑の土台に使われていたもので、もとは茅ヶ崎市下寺尾に存在した「七堂伽藍跡」の礎石であったといわれています。
礎石は瓦葺きのお堂など重厚な建物の土台となるもので、この上に柱が立てられました。寒川小学校内の石のひとつにも、円形の柱座の痕が残っています。
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by jyohokiti | 2017-12-16 17:22 | イベント

「さむかわの縄文時代」展示中!

寒川町内の各縄文遺跡(岡田遺跡、大蔵東原遺跡、倉見大村遺跡)と岡田遺跡から出土した町指定重要文化財の釣手土器をはじめ、新たに判明した釣手土器5点を一挙公開。普段は収蔵している縄文土器を多数展示中です。

[とき]
平成29年11月4日(土曜日)~平成30年3月31日(土曜日)
文化財学習センター開館日時
毎週火、水、金、土曜日
午前9時から午後4時
上記であっても、祝日及び年末年始は休館となります

[ところ]
文化財学習センター(一之宮小学校内)



文化財学習センター企画展「さむかわの縄文時代」↓



展示品の一部をご紹介します。
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はじめに

今、縄文時代が熱い!
北海道、北東北の縄文遺跡群を世界遺産登録に向けての運動が盛んに行われております。
「縄文文化は日本の歴史と文化の成り立ちを知る上で欠くことのできないものであるだけでなく、自然と人間が共生し、約1万年もの長きにわたって営まれた、高度に発達・成熟した文化であり、世界史上稀有な先史時代の文化であります」{北海道・北東北の縄文遺跡ホームページ(http://jomon-japan.jp/)・世界遺産登録の取り組みより}
同遺跡群はその価値が認められ、世界遺産候補としてユネスコ世界遺産センターの世界遺産暫定一覧表に表記されました。
これら世界遺産をめざす有名な三内丸山遺跡に、ある意味匹敵するほどの縄文時代の遺跡が寒川にあるのをご存知ですか?
今回はそんな縄文時代の寒川を紹介していきます。


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縄文時代とは

縄文時代は一般的に日本列島で土器が出現してから、稲作が本格的に始まるまでの間をさします。約1万6千年前から2千数百年ほど前までの1万年以上に及ぶ、非常に長い時代であったと考えられています。縄文時代のはじまりは氷河期の終末期にあたり寒冷な気温でしたが、やがて世界的な気候の温暖化がおとずれ、日本列島の各地に独特な文化が栄えました。この文化を特徴づけるものの一つに表面に縄文の文様が付くことが多い縄文土器の存在があげられ、縄文時代という時代名称にもなりました。この縄文土器は時代の移り変わりとともに、多様な変化を見せたことがわかっています。この土器の変化に基づき、縄文時代は古いほうから、草創期、早期、前期、中期、後期、晩期の6つの時代に区分さてれています。

「掘り進められた神奈川の遺跡」かながわ考古学財団、有隣堂より一部加筆

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釣手土器について

縄文時代中期に出現した縄文土器の一種。浅鉢形で胴体口縁部に把手が付けられた土器です。把手の部分に動物や人面などの装飾を伴うものや、祭祀に関連したものとの共伴で出土することもあり、その奇異な形と共に祭祀に関連した土器ではとも考えられています。把手には懸垂のためと思われる孔が設けられていることもあり、内面に炭化物等の付着や黒色変化が認められる出土例があることから、灯火具(ランプ)や防虫香炉であるとも考えられています。
岡田遺跡からは従来、釣手土器は3点確認されていましたが、教育委員会において資料を再確認したところ、平成9年の水道管理工事に伴う調査の遺物から1点、また、地元研究家からのご指摘で同調査から1点が新たに釣手土器ではないかとされ、縄文時代研究者の阿部氏(かながわ考古学財団)、中村氏(国学院大学)のご教授により釣手土器と判断し、今回展示した次第です。
これで岡田遺跡出土の釣手土器は5点となり、元々県内で最多の出土数でしたが、さらに多くなり、どのような意味を持つか今後の課題と思われます。
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岡田遺跡の墓域

縄文時代の環状集落では、中央に墓坑を配置し墓域を形成していますが、岡田遺跡は住居数に比べ、墓坑が圧倒的に少ない状況が指摘されています。(安部2017)
墓坑による墓域の他、廃棄した住居を埋葬に利用した廃屋墓の可能性が考えられます。被葬者の頭部に逆さまにかぶせた土器を倒置土器といい、中部・関東を中心とする縄文中期の集落址に多くあるといわれてます。(山本1976) 岡田遺跡の住居址でも確認されており、廃屋墓の可能性の証拠といえるでしょう。

「岡田遺跡に見る縄文中期集落居住域と墓域」2017寒川町文化財学習センター資料 阿部友寿


[参考]
東京国立博物館で、2018年7月3日(火)~2018年9月2日(日)『特別展「縄文―1万年の美の鼓動」』が開催の予定です↓




更新日:2017.11.18


by jyohokiti | 2017-11-05 12:19 | イベント

「柴山勉コレクションの世界~昭和のラジオを中心に~」開催中

文化財学習センター企画展
「柴山勉コレクションの世界-昭和のラジオを中心に-」
開催中です。
珍しいラジオや楽しいラジオが揃っています。
是非、お出かけ下さい。

[とき]
2017年7月22日(土曜日)~10月21日(土曜日)
文化財学習センター開館日時
毎週火、水、金、土曜日(祝日は休館となります)
午前9時~午後4時

[ところ]
寒川町文化財学習センター(一之宮小学校内)
詳細は「寒川町ホームページ」ご覧ください。

「柴山勉コレクションとは」
現在景観寺の東側の駐車場となっている場所にあった「柴山ラジオ店」で販売や展示のため、またラジオ店を閉店した後もご自分の趣味として、店主の柴山勉(しばやまつとむ)氏が収集していたラジオを中心としたコレクションです。
その質・量とも膨大なもので、古典的ラジオ・真空管ラジオなどの現在となっては歴史的希少価値が高いものから、昭和期のトランジスターラジオ、様々な形や仕掛けやいろいろなキャラクターを使ったおもしろいラジオなど、多種多様なラジオが収集されていました。
柴山氏の好奇心はラジオだけにとどまらず、家電製品・家具・おもちゃ・キャラクター商品・雑誌・車・音楽関係など多岐に亘り収集され、現在となっては大変貴重なものとなっております。
柴山勉氏がお亡くなりになった後、奥様である公子氏が「多くの方に見ていただきたい」との思いから、各関係機関(国立科学博物館、日本ラジオ博物館、等)へ寄贈・委託等がされ、このように公開となった次第です。

柴山勉コレクション企画展示開催によせて↓
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柴山ラジオ店↓
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国立科学博物館に寄贈された柴山勉コレクション↓
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日本ラジオ博物館に委託された柴山勉コレクション↓
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高度成長期の家庭用ラジオ↓
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昭和初期のラジオ↓
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戦時下の標準型ラジオ↓
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5球スーパーラジオ↓
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トランジスターホームラジオ↓
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by jyohokiti | 2017-08-07 15:54 | イベント

駅からハイキング 寒川町 2017.4.1-6.30(コース案内)

JR東日本 駅からハイキング コースNo.0217004
お大師さまめぐり~相模国準四国八十八ヶ所巡り 寒川編~
相模国準四国八十八カ所」は、文政3年(1820年)頃できた、藤沢市、鎌倉市、茅ケ崎市、寒川町、横浜市に跨って巡礼するコースです。
このコースはその内、寒川町内を巡るコースです。

[開催期間]
2017年4月1日(土)~6月30日(金)
※毎週水曜日を除く

[スタート駅]
神奈川県相模線寒川駅(下記地図参照下さい)

[所要時間]
約4時間(施設での見学時間含む)

[歩行距離]
約10.5km

[受付時間]
9:30~12:30

[ゴール時間]
安全にご参加いただくため16:30までにゴールしてください。

[受付場所]
寒川町観光協会(下記地図参照下さい)

[コース工程]
寒川駅
大正10年(1921)相模鉄道の駅として開業した。茅ヶ崎駅からは5.5kmの位置にある。開業当初、旅客駅であると同時に、相模川の砂利輸送の拠点として機能しており、川寒川・四之宮両貨物支線がここから分岐した。現在の橋上駅舎が使われるようになったのは昭和60年(1985)9月のことである。(『さむかわ大事典(『寒川町史』13 別編 事典・年表CD-ROM版)』より引用)
寒川町観光協会(スタート)
寒川駅から徒歩約1分、寒川駅前公園に面したビルの1階、富士スーパー側にあります。
水道記念館
神奈川県企業庁が、県営水道の創設50周年を記念して計画した「いこいの広場」の一角に、昭和59年(1984)3月に建設された記念館。県営水道の歴史や現況についてわかりやすく展示されている。県営水道発祥の記念施設でもある寒川浄水場の旧ポンプ所の建物を使用しており、近代水道百選に選ばれている。(『さむかわ大事典(『寒川町史』13 別編 事典・年表CD-ROM版)』より引用)
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真言宗 霊信山 西善院
西善院」には、相模国準四国八十八ヶ所の内、第62番札所(薬王寺)と第73番札所(神照寺)の2体の弘法大師座像が安置されています。大師堂に巡礼者の千社札を見ることができます。
握手大師像もあります。握手をして、弘法大師様と縁を結びましょう。
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寒川神社
宮山にある神社。現在の祭神は寒川比古命(さむかわひこのみこと)・寒川比女命(さむかわひめのみこと)。延長5年(927)に完成した『延喜式(えんぎしき)』の「神名帳」によると名神大社(みょうじんたいしゃ)に列せられている。また『吾妻鏡(あずまかがみ)』の寿永元年(1182)の条には相模一山(宮)とみえているのでこのころはすでに一宮と呼ばれていたようである。(『さむかわ大事典(『寒川町史』13 別編 事典・年表CD-ROM版)』より引用)
ご祈祷をすると、「庭師 枡野俊明さん」作庭の「神嶽山神苑」へ入園できます。
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曹洞宗 龍宝山 興全寺
興全寺」は、寒川神社の東隣に創建された曹洞禅宗の寺院です。高座豚の元祖、ペンドレーバグルボーイ二世号の功績を讃えた碑があります。
ペンドレーバグルボーイ二世号とは、高座豚の祖となったヨークシャー種の種牡豚のこと。昭和6年(1931)、イギリスで生まれ、昭和7年2月、高座郡農会によって直輸入された。当初相模原で飼育されたが、昭和9年寒川村に移された。翌年の全国肉畜博覧会で名誉賞1等賞を獲得した。種付頭数は600頭におよび、高座豚の基礎となった。昭和15年4月、老衰のため死亡。昭和34年3月には寒川町畜産組合養豚部によって大蔵に墓碑が建てられ、昭和42年(1967)3月、興全寺境内に移された。(『調査報告書9』p105・194)(『さむかわ大事典(『寒川町史』13 別編 事典・年表CD-ROM版)』より引用)
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大蔵共同墓地
相模国準四国八十八ヶ所の内、第64番札所(弥陀堂)。
この墓地には、貞和二年(1346年:南北朝時代)の板碑があります。この板碑が、当所からこの地にあったとすると、670年以上続く墓地、ということになります。
弥陀堂:大蔵にあった寺院。開創時期、廃寺時期、開山、宗派ともに不明だが、『新編相模国風土記稿』に記載された大蔵村村持ちの「庵」にあたるものと考えられる。文久2年(1862)、弥陀堂再建のため金銭や籾が広く集められたが、その後の経緯は不詳である。現在、大蔵の共同墓地には6基の僧侶の墓があり、入口の祠(ほこら)には石造の弘法大師坐像が安置されている。これは相模国準四国八十八か所めぐりの札所であることを示すもので、案内書の諸本のいずれもが64番札所を「大蔵村弥陀堂」とするところから、この大蔵の共同墓地が弥陀堂であったと考えられる。(『町史10』p135)(『さむかわ大事典(『寒川町史』13 別編 事典・年表CD-ROM版)』より引用)
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真言宗 大塚山 安楽寺
相模国準四国八十八ヶ所の内、第6番、71番(観護寺)、75番(宝塔院)、3体の弘法大師座像が大師堂に安置されています。
毎月第2日曜日に「写経を体験」することができます。
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真言宗 山王山 南泉寺
一之宮にある高野山真言宗、もと古義真言宗の寺院。山号は山王山、院号は明王院。『新編相模国風土記稿』によれば開山は善清、開基は「村民五右衛門の先祖」、創建は天正年間(1573~92)とある。善清は墓碑銘によれば寛永8年(1631)12月に没している。本尊は不動明王。江戸時代は岡田村安楽寺末の一之宮門中に所属しており、一之宮の薬師堂を支配していた。(『町史10』p104)(『さむかわ大事典(『寒川町史』13 別編 事典・年表CD-ROM版)』より引用)
相模国準四国八十八ヶ所の内、第83番札所(城山地蔵堂)
城山地蔵堂」とは梶原景時館址にあった地蔵堂です。
弘法大師座像の並びに、比較的めずらしい安政4年(1857)の「ショケラ持ちの青面金剛庚申塔」があります。
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梶原景時館址
相模川に面した沖積地と微高地に立地している中世の館跡。遺跡の所在する一之宮には梶原景時の城があったと『吾妻鏡(あずまかがみ)』や『新編相模国風土記稿』に記載され、現在も城ノ下(じょうのした)、馬場など城郭関連の地名が伝えられている。平成13年(2001)に実施された遺跡の範囲確認調査では、土塁の残存部と伝えられている帯状の高まりの北側から幅6.5mを測る堀が検出された。堀は土塁と平行して東西方向を指向している。堀底まで調査が及ばず構築時期は詳らかではないが、堀幅の規模と最終埋没時期の様相から梶原景時の時代より新しい時期である可能性が強い。当地は古代以来、近世に至るまで交通の要衝であり続け、軍事的拠点として利用・継承されているものと考えられるが、全容を明らかにするには、さらに広範で綿密な調査が行われる必要がある。(『さむかわ大事典(『寒川町史』13 別編 事典・年表CD-ROM版)』より引用)
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一之宮八幡大神
一之宮の鎮守社。江戸時代は若宮八幡社と称され、明治初期に八幡大神と称するようになる。妙光寺が別当を勤めていたが、明治3年(1870)4月、西光寺住職井上宗円(井上正)が還俗(げんぞく)して八幡大神を管理するようになる。明治41年12月には、村内の小祠を合祀(ごうし)して今日に至る。例祭の宵宮(よいみや)に行われる一之宮八幡大神屋台神賑行事は町指定重要文化財。(『町史9』p147・180、『町史12』p441)(『さむかわ大事典(『寒川町史』13 別編 事典・年表CD-ROM版)』より引用)
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天台宗 窪田山 景観寺
中瀬(現一之宮1丁目)にある天台宗の寺院。山号は窪田山、院号は宝珠院。江戸時代は伊勢原市日向にある浄発願寺の末。浄発願寺は弾誓(たんぜい)派の木食(もくじき)の寺として知られていたが、その末寺である景観寺にも享保12年(1727)に建立された廻国記念の宝篋印塔(ほうきょういんとう)が残されている。現在では町域唯一の天台宗寺院であるが、江戸時代には一之宮に如是庵(にょぜあん)もあった。本尊の十一面観音は町指定重要文化財の第1号である。天和3年(1683)本堂修築時の棟札(むなふだ)によれば、天文5年(1536)、慶長10年(1605)、延宝4年(1676)にも修造が行われていたことが知られる。平成15年(2003)、本堂の建て替え工事が行われた。(『町史10』p116、『町史研究3』p50)(『さむかわ大事典(『寒川町史』13 別編 事典・年表CD-ROM版)』より引用)
相模国準四国八十八ヶ所の内、第54番札所(南泉寺)
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大曲共同墓地
相模国準四国八十八ヶ所の内、第14番札所(東福寺地蔵堂)
東福寺:下大曲にあった古義真言宗の寺院で、山号を東恵山という。安楽寺の末寺であった。開創年代・開山とも不明である。嘉永年間(1848~1854)までは存続していたが、廃寺になった時期も不明である。檀家は安楽寺と南泉寺に引き継がれたと伝えられる。本尊は薬師如来であった。小出川に面した東福寺跡の墓地には、僧侶の墓や宝筺印塔(ほうきょういんとう)が残されている。記録には13人の僧侶名が記されているが、なかには高野山の慈眼院(じげんいん)で修行した者もいた。(『町史10』p119)(『さむかわ大事典(『寒川町史』13 別編 事典・年表CD-ROM版)』より引用)
入口が少しわかり難いので、「寒川ウォーク 相模国準四国八十八ケ所 弘法大師像を巡る 小旅」を参考にしてください。
寒川駅(ゴール)

詳しくは「JR東日本トップ 駅からハイキング お大師さまめぐり~相模国準四国八十八ヶ所巡り 寒川編~」↓
をご覧ください。

体験談は↓をご覧ください。
http://samkajyoho.exblog.jp/24010794/



by jyohokiti | 2017-06-09 12:10 | イベント

寒川町文化財学習センター企画展「神奈川の国指定史跡と、さむかわの遺跡」

文化財学習センター企画展「神奈川の国指定史跡と、さむかわの遺跡」で、各時代の県内国指定史跡と寒川町内の同時代遺跡の紹介をしています。
[とき]
平成28年11月5日(土曜日)~平成29年3月31日(金曜日)
(注)文化財学習センター開館日時は、毎週火、水、金、土曜日の午前9時から午後4時です。
上記であっても、祝日及び年末年始は休館となります。
[ところ]
文化財学習センター(一之宮小学校内)
[概要](下記表をクリックすると拡大します)
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詳しくは
http://www.town.samukawa.kanagawa.jp/soshiki/kyoiku/kyoikusomu/shakaikyoiku/event/1411626500584.html
をご覧ください。
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by jyohokiti | 2016-11-07 15:44 | イベント

町の‘小さな博物館’のあゆみ 寒川町文化財学習センター

寒川町文化財学習センターは平成28(2016)年11月1日で開館20周年になります。
そこで、2016年7月16日から、今までのあゆみの写真やパネル展示を行っています。

[期間]
2016年7月16日(土曜日)~2017年3月31日(金曜日)
(文化財学習センター開館日時)
毎週火、水、金、土曜日(祝日及び年末年始は休館となります)
午前9時~午後4時

[ところ]
寒川町文化財学習センター
(一之宮小学校内)

[展示内容]
d0240916_16465037.jpg町の小さな博物館のあゆみ

d0240916_16484591.jpg館内の様子今昔

d0240916_16495447.jpg勾玉作り

d0240916_16503738.jpg土器作り教室

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ごあいさつ

平成8年11月1日に文化財学習センターが会館して、本年11月1日をもちまして20周年を迎えます。一之宮小学校さんの中に併設されていますので、そのころ遊びにいらした生徒さん達も、今や立派な大人になって、もしかしたらこどももいるかもしれないと思うと大変感慨深いものがあります。
これもひとえに、多くの方々が文化財学習センターを支えてくださったおかげです。この20年の間に、文化財学習センターに足をお運びいただいた方々、関係者の皆様、そしてボランティアを始め歴代のスタッフに心より感謝申し上げます。
当館は設立当初から、ほぼ手作りで様々なことを行ってきました。ボランティアの皆さんと管内の壁を塗り替えたり、民具の展示をしたり。教育委員会の職員だけでレプリカ教室の作成をしたこともあります。

そんな『町の小さな博物館』文化財学習センターの20年のあゆみを振り返る展示です。
次の20年も、文化財の保存・保管・展示施設として、郷土寒川の歴史を守っていきたいと思います。
『町のちいさな博物館』文化財学習センターをこれからもよろしくお願いいたします。

寒川町教育委員会教育総務課 社会教育担当
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文化財学習センター 入館者数の推移

文化財学習センターが開館した平成8年当時は、現役の学校を他の施設に転用するケースがあまりなく、他の市町村が視察の為、来館するケースが多くありました。このほかにも、学校の授業を終了した生徒さんが放課後そのまま見学に来てくれるなど、大変賑わっていました。
しかし、平成13年に起こった社会的問題から学校の警備や登下校の在り方などが見直され、その後、一度自宅等に帰ってから学習センターに来館することがきまり放課後の利用が制限されたことから、児童の来館が少なくなりました。一番近い北門も日中は基本的には閉門することとなり、開館から数年が経過したことも相まって、一般の方の入館も減少傾向となりました。
文化財学習センターの入館者数に一番多くの割合を占めるのは、学校授業での利用者となります。町内の小学3年生(以前は4年生)の授業では「昔の暮らし」を学ぶために、民具・農具を中心に見学します。町内の小学校のカリキュラムは年度ごとに決まるので、毎年度学校授業での利用者数には増減があります。
これらの要因から、開館から10年を過ぎた平成19年には年間入館者が369人と最も少なくなりました。
この状況を改善するため、平成20年度よりホームページの充実による情報発信、文化財学習センターキャラクターの「つりてくん」の積極的活用、平成21年度からは主に子ども達のリピーターを増やすため「どっきどきスタンプカード」を導入しました。その結果、徐々に入館者数が増加しました。
そして、平成23年度より、それまで月1回であった土曜開館を毎週開館とし、それに伴い、考古学講座や年2回の企画展などを実施しました。その成果から、平成23年度は年間1,250人と平成19年度の3倍の入館者数となりました。
しかしながら、平成23年度をピークにまた入館者数が減少傾向となっています。
今後はボランティアの方や観光協会、また、他市町村や関連団体と協力し、魅力あるコンテンツを提供することにより、寒川の文化財をより多くの方に知ってもらえるよう努力をしていきたいと考えております。
(縄文時代の出土品が沢山保管されています。一般の人の生涯学習にも役立ちます。)
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グラフの内、一般と総数を拡大↓
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[地図]

[参照]
文化財学習センター開館20周年記念企画展「町の‘小さな博物館’のあゆみ」
http://www.town.samukawa.kanagawa.jp/soshiki/kyoiku/kyoikusomu/shakaikyoiku/event/1380258582308.html


by jyohokiti | 2016-07-16 17:27 | イベント

大山道田村通りを歩いてみませんか!

藤沢市観光協会>観光ボランティアガイド>募集ガイドの中に、寒川町が含まれているコースがあります。
江の島・藤沢ガイドクラブの案内で大山道田村通りを歩いてみませんか!

[コース名] 大山道を歩こう③
[コース] 辻堂駅~田村十字路
[コースの内 寒川町の部分] 景観寺→一之宮八幡大神→梶原影時館跡→河原不動(不動堂)
[期日] 2016.2.16(火)
[主催] かながわボランティアガイド協議会
[案内] 江の島・藤沢ガイドクラブ(観光ボランティアガイド)
→詳しくは「藤沢市観光協会>観光ボランティアガイド>募集ガイド」へ
http://www.fujisawa-kanko.jp/guide/2015/11/post-140.html

[補足] 募集要項の中には含まれていませんが、大山道田村通りには、寒川町文化財学習センター、一之宮緑道(旧国鉄西寒川線跡)などがあります。
またの機会にでも、是非お立ち寄りください。
詳しくは「寒川町域の大山道 田村通り」へ
d0240916_18185450.jpg←景観寺

d0240916_18191192.jpg←一之宮八幡大神

d0240916_18192618.jpg←梶原景時館址



by jyohokiti | 2015-12-24 18:25 | イベント

寒川の奈良時代・平安時代の人々のくらし展

とき:
2015年10月31日(土曜日)~2016年 3月26日(土曜日)
[文化財学習センター開館日時]
毎週火、水、金、土曜日 午前9時から午後4時
上記であっても、祝日及び年末年始は休館となります

ところ:
文化財学習センター1階(一之宮小学校内)

奈良・平安時代の神奈川
川崎・横浜市の大部分が武蔵国の南部、その他は相模国と呼ばれていました。相模国には足上(あしのかみ)、足下(あしのしも)、余綾(よろき)、大住(おおすみ)、高座(たかくら)、愛甲、鎌倉、三浦の8郡が存在していました。
当時の寒川は、高座郡の中の寒川郷と推定されます。高座郡内には、海老名に国分寺が、茅ヶ崎に郡衙が、寒川には一之宮の寒川神社がありました。

d0240916_16541499.jpg←展示の様子

d0240916_16554072.jpg←倉見才戸遺跡
町内で最大の奈良・平安期の集落と思われます。竪穴住居が30軒以上、掘立柱建物6軒以上、環状遺構12条、井戸4基、その他道状遺構とも考えられる遺構や、土坑、ピット等確認されています。
  
d0240916_16572061.jpgd0240916_16575041.jpgd0240916_16581472.jpg←墨書土器
書かれた文字は漢字が大半で、カタカナはごくわずか、ひらがなはほとんど発見されていません。墨書の内容は、方角・官職・年号・数字・所属・仏教・祭祀など様々で、中には意味を特定できない文字もあります。また律令官の文字練習のために書かれたものもあります。

寒川町で見られる竪穴住居の壁に造りつけられたカマド
カマドの構造は土壁によるドーム状の覆いと火を焚く焚口、壁面に穴をあけて煙を外に出す煙道から成ります。覆い部分は粘土などの構築材によって作られました。カマド中央部には煮炊き具の甕と甕を支える土製あるいは石製の支脚(しきゃく)が据えられました。焚口部分は燃焼により赤色化し、堆積した土には炭化物が含まれます。この土を採取して洗浄すると、当時の食性を知る手がかりとなる穀物や魚骨などが発見されることもあります。

[出典]
寒川町文化財学習センター事業 企画展「寒川の奈良・平安時代の人々のくらし」資料 平成27年10月31日 編集・発行:寒川町教育委員会


by jyohokiti | 2015-11-06 17:11 | イベント

寒川文書館「寒川町 75年の軌跡」展

今、寒川文書館で「寒川町 75年の軌跡」展を開催しています。

会場:寒川文書館(総合図書館4階)展示コーナー
会期:平成27(2015)年10月31日~平成28(2016)年2月28日
開催時間:平日(火~金):午前9時~午後7時
土・日・祝日:午前9時~午後5時
※月曜は休館(但し、月曜が祝日にあたる場合は開館)
展示説明会:平成27(2015)年11月7日(土)午前10時より

見覚えのある記事・写真の中に、何か発見があるかもしれません。
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d0240916_10443628.jpg←このように年代順に記事と写真が掲示されています。

d0240916_10445729.jpg←はじめての信号機(昭和43年)
町内の道路に信号機が初めて設置されたのは昭和43年(1968)4月4日のことです。場所は大山街道沿いの一之宮十字路でした。
↓寒川初の信号機設置場所

by jyohokiti | 2015-11-04 10:55 | イベント

寒川町のあれこれをご紹介しています。


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