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「湧河寺」は「ユウガンジ」か「カンガジ」か

相模国分尼寺が貞観15年(873)、地震または補修のため一時的に移転した先の寺名は「漢河寺」又は「湧河寺」と言われています(*1)。「漢河寺」は「カンガジ」と読むのでしょうが「相模国分寺(*2)」によれば、「湧河寺」は「ユウガンジ」と読むそうです。同本には「別名漢河寺(カンガジ)ともいいます。」と書いていますので「読み」は違っても「湧河寺=漢河寺」と解釈するのでしょう。
「日本三大実録」も出版社によって字が異なっています。経済雑誌社版(国立国会図書館デジタルコレクション、国史大系、第4巻、日本三代実録、経済雑誌社編、1897-1901↓)
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は「湧河寺」、吉川弘文館版(*3)は「漢河寺」と表記しています。原本はどのように書かれていたか不明ですが「ユウガンジ」に「漢河寺」を当てるとは考え難く、「カンガジ」が「漢河寺」と「湧河寺」に分かれたと思われます。
「カンガジ」であるならば、「湧河=漢河=寒川(カムカワ)」へと通じるものがあります(*4)。

[出典]
*1:「日本三大実録」901年
*2:「相模国分寺改訂増刷版」海老名市教育委員会 S59(1984).2  p24(当本は「相模国分寺志」中山毎吉他著を一般読者向けに、分かりやすく書き直したもののようである。「相模国分寺志」に「湧河寺」の読み方は見あたらない。)
*3:「新訂増補国史大系 日本三大実録 後編」黒板勝美 S56(1981).4.20 吉川弘文館 p503
*4:「古代東国の地方官衙と寺院」佐藤信 2017.8.25 p83

投稿日 2018.2.11


by jyohokiti | 2018-02-11 16:57 | その他

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