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新四国八十八ケ所禁止の通達(御触書)

d0240916_18491972.png湘南地域(鎌倉、藤沢、茅ヶ崎、寒川)では鵠沼村の浅場太郎右衛門親子によって文政3年(1820)~文政4年(1821)、相模国準四国八十八ケ所が開かれています。一方、流行の度が過ぎて弘化3年(1847)には、新規に小堂を作って新四国八十八ケ所の霊場を作ったり巡礼をしたりすることが禁止されています。巡礼の目的が修行から行楽に変わり、仕事(農業)を疎かにしてまで出かける者たちが出てきたようです。相模国準四国八十八ケ所巡礼も、修行というより農閑期の骨休めの色彩の方が強かったようです。
一方、現在も修行の意味で続く小豆島八十八ヶ所霊場や東葛印旛大師などの準(准、新)四国八十八ケ所もあります。

弘化3年(1847) 御触書
関東にて新四国八十八箇所を唱え新規の小堂に巡拝することを禁止する関東取締出役の廻状
近来関東筋村々におゐて新四国八十八ヶ所と相唱銘々組合相立寺院又鎮守社地等ニ新規ニ小堂を補理、弘法大師之像を安置いたし候義追々相増、村方之者共申合巡拝と唱ひ組組々多人数ニ而村々横行いたし相互ニ摂待杯申出シ酒喰等をもいたし候由、農業を怠り候而巳ならす自然不取締之義も有之哉ニ相聞如何之次第ニ候、尤右体我儘ニ小堂補理候新規之義執行いたす段心得違之筋ニ付、取払方之義寺院之分ハ寺社従
御奉行所御沙汰有之候条、其余村之場処百姓共補理候小堂者村役人立会速ニ取払ひ、向後仏事参詣等ニ事寄セ無謂遊興ケ間敷多人数申合巡拝等を企いさゝかニ而も農行妨候筋ニ渉候義不相成段、今般従 御奉行所被 仰渡候条得其意、組合村々へ洩落なく申達シ厳重ニ取払ひ候様可被致候、以上

新四国八十八箇所の新興に付き本寺より末寺への達
近来関東在々之寺院共阿波・讃岐・伊予・土佐四ケ国ニ安置有之弘法大師之像を模シ八十八ケ所と唱、其筋々へも不申立参詣人可招ため新規ニ小堂を補理、或者門前本堂杯へ石碑傍示杭等相立、年々春夏之間最寄村々之もの共多人数打連追々横行ニ巡拝いたし歩行、往来筋所々ニ而講中等之内摂待と唱食物等振舞候のも有之哉ニ相聞、右者新規之仏事ニ紛敷、殊ニ自儘ニ小堂石碑等造立いたし候段心得違之筋ニ付早々取払、自今以後僧侶共者身之帰依ニ寄右四ケ国ニ安置有之候宗祖之像を模し在来本堂等へ差置候迄之義者格別、参詣人を可相招ため猥りニ石碑等相建候義者決而いたす間敷、向後右体新規之義執行もの於有之者急度可及沙汰有条、其旨相心得早々関東在々未支配下共へ不洩様可申達候
右者従 寺社御奉行所御触達候間各々可被得其意候、以上

(「年中公触録」藤間柳庵 茅ヶ崎市史料集 第2集 H11.3.31 茅ヶ崎市発行、より)

[関連サイト]
准四国八十八ヶ所東葛印旛大師巡拝(送り大師)

「新四国相馬霊場」の調査始まる

小豆島八十八ヶ所霊場

茅ヶ崎市>文化・歴史>指定文化財一覧>藤間家(近世商家)屋敷跡

登録 2018.1.2


by jyohokiti | 2018-01-30 18:52 | 観光案内

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