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相模国準四国八十八ケ所 江戸時代の巡礼路

江戸時代{文化(1804~1818)、文政(1818~1830)}、
順路は自由に回ったようです。
当時の記録(*1)には、比較的多くの人が回った道順や距離が説明してあり、まるで現代のガイドブックのようです。
今では廃寺になり、大師像も移動された札所が多いです。
しかし、それぞれ、何らかの痕跡が残っています。
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[江戸時代多くの人が歩いた順路]
1.第14番札所 大曲 地蔵堂(廃寺)

ここより大山道一之宮とり付右側也 六丁(*2)

2.第54番札所 景観寺

当家はつれ 南かはにて 高き所に つりかねのある堂也(距離記述なし)

3.第83番札所 城山 地蔵堂(廃寺、現在は、天満宮・梶原景時館址 )

ここより すこしもとの石橋のもとより堀につき 北へゆき それより畑中へいて 又田の中を北東へゆき 家の前 角の所也 八丁五十間

4.第6番札所 安楽寺

ここより すこし上り 畑の所を下れば 宮山明神みゆる根岸といふ所をヒほり 田のふちにいて森をめあてにゆくべし 十一丁廿五間

5.第62番札所 薬王寺(廃寺)

ここより 明神の森をいて 大道を北へ行けば左に寺あり 一丁五十間

6.第73番札所 神照寺(じんしょうじ)(廃寺)

(藤沢市)宮原

7.第64番札所 大蔵 弥陀堂(廃寺、現大蔵共同墓地)

当所より 南の方へ大道に出 すこし下りかけ 二ツ目の細道を左へ上り 真直にゆきてよし 十丁五十三間

8.第75番札所 宝塔院(廃寺)

当寺を出 南の方 家のまえを行き 村のはしを東へまはれば 右は田 左は家にて 左の方に小たかきところなり(距離記述なし)

9.第71番札所 観護寺(廃寺)

当寺より ひがしのかたへすこしゆけば 左の方 小高き寺なり 一丁

10.第15番 東覚寺(とうがくじ)(廃寺)

(茅ヶ崎市)寺尾村白峰寺へ

*1:「当時の記録」とは「再版新四国八十八ケ所(山上本)」と思われ、藤沢市教育文化研究所「藤沢 民俗文化」八号に山上家に伝えられた御詠歌と地図が原文のまま載っているらしいのですが、未確認です。
*2:一丁=六十間(約1.818m×60)≒109m

[出典]
「さむ川 その昔を語る 第5集」寒川町郷土研究会 昭和57年(1982)11月1日

[関連資料]
「相模国準四国 八十八ケ所」樋田豊宏(といだとよひろ)著 平成16年(2004)3月1日
「藤沢市史研究 6」 1975.2

初投稿日:2014.11.3

by jyohokiti | 2018-06-08 14:17 | 寒川町の歴史

寒川町のあれこれをご紹介しています。


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