むかし 寒川に こんなお寺が ありました
2014年 11月 01日
明治時代に、これらのお寺は廃寺になりました。
跡には集会所や民家が建っていたりします。
お墓は、当時の面影を残しているものが、その地に残っている場合があります。
本尊やお地蔵様などの多くは、別のお寺へ移動されました。
廃寺を訪ねると、江戸時代の寒川を思い起こさせます。

小谷 吉祥院
寒川町郷土研究会「さむ川その昔を語る 第二集」昭和五十五年十一月一日発行より、
小谷山吉祥院は、今の小谷児童館の所にありました。観音堂の別当で修験場があり、法印が住んでいたと古老に聞きました。安置してある十一面観音様は元禄十年の作(注)と伝えられ密教で除病、除難、息災を授ける修験場であったそうです。いつ頃廃寺になったか不明ですが、観音様はその際福泉寺で預かり保管されたそうです。
昭和十一年人口も増加し集会場の必要に迫られ一之宮の某家の二階建の家を買って集会場を作りました。観音様は元の場所に安置されるようになり、更に現在の児童館となったのであります。
その昔、どの程度のお堂であったかわかりませんが、観音様の池等があったので、場所が移転したのか、もっと大きかったのか等と考えさせられます。